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someday,sometime・・・忘れ得ぬ思い出の為に。
旅も中盤に差し掛かる頃、ケアンズより国内線でアリススプリングス到着、
急ぎ宿を取った私たちは、暑さもあってプールでひと泳ぎした後、
ツーリストインフォメーションへ情報収集に行った。
"エアーズロック・オルガ、2泊3日キャンピングツアー"
というパンフレットが目に入った。
"エアーズロックに登れない子連れが参加することに意味があるのか"
"子供はキャンプで眠ることが出来るのか"
様々な思いが頭に浮かんでは消えたが、
オーストラリアの大自然に飛び込みたい!気持ちが勝った。
清水の舞台に飛び込むつもりで申し込み手続きをしていた。
ウルル登頂に関して
2009年
俗称エアーズロックは、先住民アボリジニにとって
限られた聖職者のみ登頂が限られる聖地であることより
登山禁止の措置が取られた。
2010年
しかし観光業への配慮から登頂を当面認める旨
豪首相が決定を下す。
20年前、アルルがアボリジニ聖地であることについて、
感心が払われることは殆どなかった。
旅とは、自然や異文化に触れること、
同時に他の民族を知ること、
詰まるところ人と人、相手を思いやることに他ならない。
無知で勉強不足だった、と今にすれば思う。
人を傷つけてまで自分の欲求は決して満たされないと思うから。
しかし、あの日あの時、
中央オーストラリア大自然に触れたこと、
そしてウルルの地にあったことは、
子連れというハンディを背負って、いやだからこそ、
今も色褪せることのない人生の宝物となっている。
ありがとう。
参考:
記事内容は、山と渓谷社「親子の素敵な地球の旅行術」
おそどまさこ編:著に投稿した内容メモを元に作成しました。
当時、デジカメはありませんでした(TT)。
表紙写真は、強引にプリントアウトした写真をデジカメ撮影してみました・・(--;
カンガルー島YHには世界各地より宿泊者が訪れていて、
オーナーのおじさんが善意で仕入れてきてくれた魚で、
宿泊者皆で共同調理奮闘しました。
イラストは同投稿当時、描いた挿絵をGIMPソフトにて修正(中)。
2010/07/30 02:07:32
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⑪ブエノスアイレス プエルト・マデーロ
02/19/09
「レコレータ墓地」からの帰りのバス代のコインがないもんだから、遠回りしてメトロでホステルまで戻った。カミーラ達が帰って来ているかどうかチェックしに彼女達の部屋を覗いてみることに。
ホステルの手違いでカミーラ&ミヤライは、毎日部屋を転々と変えなけばいけなく、今夜泊まる部屋は、ラッキーなことにクーラー付きの3人部屋。カミーラ&パズは、まだショッピングから戻って来ていなかったけど、ミヤライが部屋でゴロゴロしていた。
実は朝食を食べて以来、今日は何も食べていなかったなみお。お腹がすきまくりだった。ミヤライも食べていないというので一緒に近場のピザ屋へ向かった。超うすいマルゲリータだったけど、お腹ペコペコだったのでフツーに美味しかった。
夕食後は、ミヤライとプエルト・マデーロ地区に行ってみた。昼間はなんてことない港街らしいけど夜はライトアップされ、イイカンジだった。港沿いには、いかにも高そうなオシャレなレストランやカフェが並んでいた。ミヤライと夜景の写真を撮りながら港の端から端まで歩いた。
ミヤライは、アルゼンチン人&チリ人の両親を持つダブル国籍。生まれはアルゼンチンの彼女は、現在チリの大学でPHYSICAL THERAPYを勉強する学生だ。とてもスイートで優しいミヤライ。一生懸命英語でいろいろ説明してくれる。今日は、ファビオラに振り回されて疲れたけど、最後にミヤライに癒された気がした。
今日は1日猛暑だったせいか、夜もかなりムシムシしていた。しかもなみおのドミトリーは20人部屋の上、ファンが壊れていて寝れたもんじゃなかった。ミヤライがクーラーがある彼女の部屋で寝たらと言ってくれたので、真夜中過ぎにこっそりと20人部屋のなみおのベットからマットレスを1階上の彼女の部屋に移動させた。やっぱりクーラーは、本当に涼しくて幸せ♪ 今夜こそは、熟睡出来るといいなぁ・・・。
2010/07/30 11:07:51
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ひまわりを見る日帰りバスツアーに申し込んでいたのですが、申し込んだ日は、人数が集まらなくて催行中止。別に提案された日は都合が合わず。で、HPを見てたら、どうやら駅からバスもありそうだし。青春18きっぷで行けそうな距離だし。なら、またぶらり旅だぁ~と、休みとって思いつきで決行。
しかし、普段電車に乗らない自分が、最近、のどかな田舎ばっか旅してたせいか、朝のラッシュを少し甘くみてまして。八王子あたりまではアップアップ。ついでに頼りのEZナビウォークも、ホントにそれでいいのか?という道を示したりとか…でしたが、大丈夫。結果、良いルートと時間で乗り過ごすことなく行けたのかなーと。
18きっぷ一回分の元はとれたけど、遠かったよぉ。どんだけ特急に乗りたかったか。でもこれで結果、「日帰りバスツアー」よりも多少安くあがったかな?ってとこです。(まぁ、バスツアーにはほかにおまけがあったので、お得度は高かったんですが。)一人旅慣れしてきてる自分には、やっぱり自由度プラスでってとこでしょうか。
平日だったせいか、ゆったり鑑賞できました。まだまだシーズンはこれからだし、これからもっと咲きそうな畑がたくさんです。でも、土日は混むらしいです。渋滞らしいですよー。
なにはともあれ、ひまわりにはやっぱり癒されます。
2010/07/30 07:07:52
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本日、7月23日、午後5時45分、バスク地方のサリードベアルンから198キロを走行してツールドフランスの選手たちが、ボルドーに到着。第18ステップを終えて、今夜はボルドーに泊まり、明朝、メドックに上り、そのあと、パリへと上る。
ズブの素人の私は、以前見た時の衝撃が忘れられず、カメラを手にボルドーの中心、カンコンス広場に向かう。
勿論、徒歩で。今日と明日はトラムもストップ、車も中心には入ることができず、思い切って歩くことにした。
天気は上々。黒山の人だかりのうえ、警官も勢揃い、カラフルに彩られた車の数々、迫力充分の見物だった。
2010/07/30 07:07:31
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クラビのゲストハウスからバスでプーケットへ行った。
だが途中でバスを乗り換えるときに、早く乗れと急かされて、
「西洋人の荷物は大きすぎて山になるから荷物は別便で来るんだろう」
という楽観的に乗ってしまったのが致命的なミスであった。
荷物を預けたというのにバスの外にも中にも荷物がなかったのである。
途中で運転手に荷物について訊ねたけれども、面倒そうに「バスターミナルで訊け」としか言わず、取り付くしまもなかった。
バスは、プーケットタウンから数km離れたオフィスに到着し、オフィスではこちらの話を遮ってまで「ホテルはどこか」「何泊するのか」を連発され、ここでは何も解決しないと判断して、プーケットタウンまで歩くことにした。
プーケットタウンの街並みが見えると、真っ先に向かったのはツーリスト・インフォメーション(TAT)であった。
こういう場合、現地人との交渉には現地人が良いというのは、ラオスでカメラが盗難されたり、ヴェトナム国境でノービザ入国を拒否されたりした際にうまくいった試しがないからである。
TATに行くと、受付の若い女性が4人いたので、事情を話し、バスの電話番号が写った写真を見せると、バス会社とツーリスト・ポリスへ連絡してくれた。
TATの女性達は、見違えるほど親切・丁寧で、美人で、学歴の高そうな学生風。
素人っぽく、バス屋のおっさんたちとの交渉にはどうかと思ったが、
「調査中ですので、ツーリスト・ポリスから連絡があるまで待ってください」
とのこと。
結果はともかく、ここまでしてもらえれば満足。
礼を言って、今夜はプーケットタウンに泊まることにした。
2010/07/30 02:07:10